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記事:カフェを開業した人たち

自立した生き方

カナダ留学に興味がある人!<無料で8日間集中メール講座→納得できる学校を選択>

この写真のキャッチコピー、イイ感じでしょ?

これは、私の元同僚の留学コンサルタントである友人が立ち上げたカナダ留学サービス会社のサイトの写真。

独立した友人だから言える言葉で、含蓄があります。

「含蓄」を類語辞典でひくと「=味わいつくせないような奥深さが感じられるさま」とありますが、まさに友人はそんな感じなんだな、これが。

ということで、含蓄のある友人が発信しているメール講座。今回のおすすめはこれです!

8日間の集中メール講座で納得できる学校を選ぶ

カナダ留学

このメール講座を受講することで以下のような効果があるとのこと。

  • 納得できる出願校がリストアップできる
  • カナダの大学・大学院の情報をどうやって調べたらよいか分かる
  • 自分が何をしたいか明確になる

登録すると、8日間毎日メールが送られてきます。しかも無料で!!

「いつかは留学…」と思っていた人に、無料でクオリティが高い内容の記事が読めて、納得できる学校を選べるというのだから、ぜひぜひこの機会に受講してみてください。

※何か変なものを売られるとかは無い→万が一あったら(汗)教えてね。

詳しくはこちら↓

クロスサイトプラスオフィシャルサイト

https://home.xsightplus.com/free-mail-magazine1/

 

ゼルビア戦photo

ベアーズキャンプカフェ出店情報<FC町田ゼルビアVS福島ユナイテッドFC@町田市立陸上競技場>11/1(日)

おしゃれな移動カフェで最近いろいろなところで見かけるようになりました!

友人がオーナーの「ベアーズキャンプカフェ」もそのうちの一つ。

今回、ついに地元町田ゼルビア戦に出店することになりました! 町田市のみなさま!是非応援にお越しください!

J2へ向けみなさんのパワーを選手に送りましょう‼︎

試合前は「ベアーズキャンプカフェ」の焼肉キャンプ飯(ボリューム満点)で超パワーアップです。当日は、11:30〜販売しているとのことです。お近くの人は行ってみてね!

■イベント情報

明治安田生命J3リーグ http://s.zelviamobile.jp

2015年11月1日(日)

FC町田ゼルビア VS 福島ユナイテッドFC

KICKOFF 14:00

場所:町田市立陸上競技場

ベアーズキャンプカフェメニュー: 焼肉飯、ホットドッグ、カフェ

詳しくはこちら: ベアーズキャンプカフェ

http://bears-camp-cafe.blogspot.jp/

ベアーズキャンプバナー

クッキーづくり

副業だって練習が必要(コミュニティカフェとは何か:その9)

英国では、リタイアした後も現金収入を得るために、高齢者が自分の趣味の手作り品、ジャムなどをマーケットで販売していると聞きます。

彼らは若いうちから真剣に「副業」に取り組んでいるから、マーケットで一般の商品と同レベルのものを売る事ができるのです。

日本のように「退職したら、●●を勉強して資格を取って…」などとのんびり言っている人たちとは大違いです。日本も英国と同じように、若いうちから「副業」に励むべき時代が来たように思います。

「副業」と検索すると、たくさんの紹介サイトが引っ掛かります。高額な副業で「大丈夫か…」と不安になる副業も紹介されていますが…(おそらく大丈夫ではありません)

生涯にわたって安定的に続けられる「副業」とくれば、得意分野は何か、人に教えられるものは何か、などと「いったい自分には何ができるのか?」と考える必要があります。

当然、すぐにできるわけはありませんので、実現するための「練習」も必要で、時間もかかります。

ちょっと遠回りになりましたが、私が「じぶんの学校」と命名した理由もここにあります。

つまり、「じぶんを育てる機会」を持つことが大変重要な時代に突入した、ということです。

コミュニティカフェを始めとして、地域の人たちを対象に自分の得意分野を広めていくこと。その練習を始めることこそが、「老後が不安」と多くの人たちが思う時代を生きていく上での一つの策になるのではないでしょうか。

自分で事業を始めることは、将来にわたって現金収入を得ることができる貴重な場になります。コミュニティカフェは女性や仕事をリタイヤした人に向いている事業だと思います。

特に女性は家事や出産・育児などで、一旦は仕事を辞めざるを得なかったり、働く時間を制限せざるを得ない事が多くあります。

ただ、退職したから、子供に手が離れたからといって、いきなり始めるよりも、早い段階からこつこつと自分の力を試して試行錯誤してほしいと思います。

驚くことに、カフェって何の経験もない人が突然始めるパターンってけっこう多いのですよ!(私の知り合いのカフェオーナーにもいます)

オープンしてから「しまった、アルバイトでもしとくべきだった!」と後悔しても、その時はもう前に進むしかないのですよ!

そうならないためにも、ぜひ早い段階から準備しておきたいものです。

空き部屋2

「ミニマム」な生活ってなんだ?(コミュニティカフェとは:その8)

「老後」「生活費」というキーワードで検索すると、月に一人だと約16万円前後、夫婦だと約27万円前後必要!と出てきます。

これを見て「まあ、なんとか大丈夫かな」という人と「ヤバイ!」と叫ぶ人と分かれるわけですね。

これは生活費だけの数字ですから、家賃などは含まれていません。そこらへんは個人差があるのです。
で、そこで考えてしまうのは、自分は本当にこの金額が必要なのか、ということです。

今の時点で、既に不足している人もいれば十分な人もいます。

でも、どうせなら今から練習してもっと少なくても十分生活できるスタイルを身に着けることが必要だと思いませんか?

最近「断捨離」「ミニマムライフ」「シンプルライフ」が注目されています。(クリックすると外部サイトへ飛びます)

ぼくたちに、もうモノは必要ない。

ここに共通する考え方、それは「持たない・最低限度の暮らし」です。

今の20歳代の若者たちは「ミニマムライフ世代」と言われ節約志向の上に「楽が一番で傷つきたくない」などと言われる一方で「人生に手ごたえが欲しい」と骨太の考え方も持ち合わせているとも言われています。

この世代はバブル崩壊後に生まれ、経済が低迷する中で育った世代であり、まさに時代が育てた世代と言えます。

「(消費が)シュリンク世代」「若者が消費しないから景気が悪いんだ」などという批判もあるようですが、私はこういった批判に対してそもそも「経済が、ずっと右肩上がりであるべきだ→みんなが消費すべきだ」という議論は、時代遅れだと思っています。

日本は高度経済成長・バブル経済を経て、今はモノや情報が溢れかえっている。「成熟状態」です。

必要なものはほとんど揃っている。

持っていなくても貸してくれるサービスだってある。

性能も悪いわけではないからすぐに壊れない。

だからすぐに買い替える必要もない。

「経済の成熟化」をここで述べるわけではないので、ここで止めておきますが、要は、既にモノが飽和状態にある中では、多くの人々がどんどん買うわけはないのです。

そういう考えの人が出てきたことの象徴として「ミニマミスト」という、モノを必要最小限に減らす努力をしている人々が出てきました。ベストセラーになっています。

あるミニマミストの家は1Kの間取りで20㎡。でも全く狭さは感じません。
リビングには、ベッド兼ソファ代わりの「エアリーマットレス」と小さい机だけ。
テレビも捨ててしまった。
お風呂には液体せっけんがあるだけ。
クローゼットには洋服が10着。食器も全部で8点。
あとは持ち歩く眼鏡と腕時計と財布とキーケース。これでほぼすべて。

2~3年前に彼らの部屋の写真をネットで見た時には、大変衝撃を受けました。
今も議論を呼んでいるこのスタイル、多くの人が衝撃を受けたのだと思います。

でも、同時に「すがすがしさ」を感じたのも事実。

そしておぼろげながら「そうか、こういうスタイルが、今後私たちが目指す古くて新しい姿かもしれない………」とも感じました。

よくよく考えてみると、昔はモノが無かったのに、いつの間にか溢れるモノに囲まれて暮らしている。
そして執着しすぎている。
足りないモノの事ばかりに目が行く。

彼らのスタイルをそっくりそのまま真似をするのは難しいかもしれませんが、不安な自分の将来を憂うよりも「持たない・最小限の暮らし」を実現させていくことが、少なくとも将来の希望を感じさせることができると感じました。

今は自分で持たなくても、必要な時に借りることができるサービスが充実しつつあります。
技術の進歩で「最小限の暮らし」を簡単に実現することも可能です。

あと必要なのは、生活を維持させるための「稼ぎ」です。

これは人によって違う。
でも、終身雇用が既に崩壊している現状では、1つの会社が未来永劫自分の生活を保障してくれるわけがない。

じゃあ、どうしたらよいのか。

そこで注目されるのが「副業」です。

今後、生涯にわたって「副収入」を得ることができるかどうかが、大変重要な時代になるでしょう。

次に「副業」についてお話したいと思います。

老後

老後が不安だ(コミュニティカフェとは:その7)

「俺の年金こんなに少なかったっけ、って思ったよ」

ある私の友人(と言っても、年上の方ですが、、)が、送られてきた「ねんきん定期便」を見て、嘆いた言葉です。

こういう嘆きは何人もの人から聞きました。でも、この人は50歳代の自営業の国民年金の男性。それよりも若い世代であれば、もっと額が少なくなります。

実際、先日厚生労働省から発表された公的年金の世代間格差は、70歳の世帯は保険料の5.2倍の年金を受け取ることができるのに、30歳以下の世帯は2.3倍という報道がありました。

私の友人のコメントをネットで公開したら「ふざけんじゃねー、俺らがもらう時なんて半分以下だ」などと、コメントが殺到しそうです。

それだけ世代間の格差がかなり大きくなっています。

こういう報道ばかり続くと「いいことなんてありゃしない」などと、フテ寝する以外何もないような暗い気持ちになってしまいます。

実際、内閣府が平成26年度に行った「国民生活に関する世論調査」によると「老後の生活設計について」悩みや不安を抱える人が57.9%と、約6割の人が老後に不安を感じていると報道がありました。

その辺の人10人つかまえたら、6人が「自分の老後は暗い」などと、漠然と考えているっていうことです。日本人は悲観的に考えすぎる傾向にあるけど、これはいくらなんでもひどいよね。

こういった状況に対して、何をすべきなのか。

よく言われているのは、働けるうちにできるだけ「備える」という考え方です。インターネットでは「老後は●万円必要」などと、具体的な金額があちこちで示されています。定年までにそれだけ貯めましょう、という極めてわかりやすくオーソドックスな方法です。

まさに「王道」で、この方法で備えることができる人であればぜひ取り組んだ方がよいと思います。

でも、分かっていても普通はなかなかコツコツ貯めるってできないもんです(それは私)。

しかも毎月必ず定額の収入が見込める会社員や事業者だったら、「毎月ウン万円天引きね」などと言って、近所の銀行に行って窓口の人に自動引き落としの手続きをして粗品とかもらってくればよいのだけど、そもそも収入が不安定な人や定収入がない人は、どうしたらよいのでしょう?

そのような人にとって新しい方法について次でお話しします。

老夫婦

人口5,000人の町で、2日で100人来た!(コミュニティカフェとは:その6 )

広野町で実施したコミュニティカフェ講座は1年間でした。

実は、当初町で懸命に呼びかけたにも関わらず、当初は数人しか参加者がいなかったのですが、回を重ねるごとに私もオレもと参加者が増え……(ま、それは大げさですね)、最終的には1日カフェを十分まわせるほどの人数に増えたのでした。

コミュニティカフェ講座では、毎月勉強会や視察会などを開き、最後は受講生の皆さんが「試行」と称して、2日間、町のイベントに合わせて「広野町カフェ」を開きました。

町のイベントとは言っても、もともと人口は5,000人しかいないのですから、実は、関係者がぼちぼち来るかなあ、程度にしか思っていなかったのです。

そうしたら、当日………

「て、てえへんだあ!」と銭形平次のところに八五郎が転がり込んだかどうかはわからないですが、調理場で準備をしていた私のところに、驚くスタッフが転がり込んで来たので、出てみると、カフェスペースは、コーヒーを頼むお客さんで長蛇の列が!!!

驚くことに、2日間で100人を超える町の人たちがカフェにやってきたのです。

もともと人口が5,000人しかいない広野町で100人を超える人がやってきた、というのは本当にすごいことです。

写真:「ひろの未来cafe」のメニュー看板

お客さんは若い世代や女性が多かったのですが、震災後久しぶりに会った人たちも多かったようで、同窓会さながらといった雰囲気でした。

中でも印象に残ったのは、病気で何か月も自宅で床に臥せっていた人が来てくれたことです。

やっと回復してきたので、コーヒーを久しぶりに飲みたいと思うものの、近くに店が無いのであきらめていたらしいのですが、一日カフェが開催されるという話を聞いたので、飛んできたというのです。

その方は味わうように美味しそうにコーヒーを楽しんでいたのですよ!

なんか、感動的な話じゃないですか!!

受講生も、自分たちが臨時でも作ったカフェに、こうやって多くの町の人たちが集って喜んでいる様子は、本当に感動的だったとしみじみ語っていました。

地方では地縁や血縁があり、一見コミュニティが形成されているように見えても、特に若い世代(女性)や高齢者が普段集まったりする場所が、意外に無いものなのです。

地方でもコミュニティカフェの力というものが、やはり必要に思えます。

それでは、次にコミュニティカフェを立ち上げる側は、どんなメリット・デメリットがあるか、実際にコミュニティカフェを立ち上げる側、経営や運営をする側について考えてみたいと思います

田舎町

カフェがない!(コミュニティカフェとは:その5 )

都市部に住んでいるとあちこちにカフェがあります。ちょっと疲れたからコーヒーでも飲んで休もうと思えば、手に届くところにカフェがある。

これは実は大変贅沢な環境って知っていましたか?

休める場所が全く無い、という地域が日本にはたくさんあるのです。

私は2014年度に福島県広野町でコミュニティカフェの講座を開いていました。

広野町はいわきからレンタカーで1時間弱走ったところにある、海沿いの町です。

初めて広野町に行った時に、そこにレンタカーで連れて行ってくれた人がいわきをなかなか出発しないので、どうしたのかと思ったら「あんまり早く行っても時間つぶす所がないからね……」と、言うのです。

確かに広野駅に行ったら、駅前にだだっぴろい駐車場があり、タクシーさえも止まっていない。目につくところは居酒屋が数件と和菓子屋、銀行だけ。終日営業しているところはほとんどなし。

「今度のランチ、どこに行きましょうか?」などとウキウキ言っている都市在住の私の友人の奥様方は卒倒しそうな場所なのですよ、これが。何にもないんだから。

あんまり驚いたので、地元の若い主婦らに「ゆっくりしたい時、どうしてるの?」と聞いたら「したくてもゆっくりする場所がないからできないの」と、嘆いている。

自由な時間が多く持つ事ができれば、車で40分くらいのいわきへ行ってカフェに行くことができる。

でも、若い世代で子供がいる家庭や高齢者はそんなに多くの時間、家を離れることはできない。家を離れると、嫁姑戦争に発展する可能性もあるから、おいそれと外出できない。

都市部に住んでいれば、カフェなどいくらでもあるから、「ちょっと牛乳が無くなってね。急いで行かないと」などと言って、ダンナに子供を預けて買い物のついでにカフェに行くこともできる(それは私)。

が、広野のような地域に住んでいる人たちは「カフェでゆっくりしたい」「気晴らしに友人とお茶をしたい」などと思っても、そういうまとまった時間ができるのは、数か月後か…?という状況なのです。

それで、私は強く思いました。ここにこそ「コミュニティカフェ」が必要だと。

地元の人によれば、もともと飲食店は少ない地域だったそうですが、震災の影響もありいわゆる「カフェ」については、町内で1店あるかないか、といった状況らしい。

振り返ると、私も子供が小さい頃は「ちょっと牛乳がなくてね」などと言って、家族が面倒を見ていてくれる短い間に、気晴らしにカフェへ行ったことはよくありました。

コーヒーとお菓子を短い時間でも、日常を離れてゆっくり楽しむことで「もうひと頑張りしようか」という気力が生まれるのです。

カフェにはそういった力があると思います。

ちなみに、私はあまりお酒が飲めるタチではないので「酒飲んでストレス解消!」というわけにはいかないのですよ。何だか寒気がして次の日気分が良くないことが多く、かえって体調が悪くなってしまう。

広野町には居酒屋は数件ありますが、夜出かけられない人やお酒が飲めない人(=私)にとっては、やっぱりカフェのように、少しの間でもゆっくりできる場所がほしい。

そんな広野町で、私は「コミュニティカフェ講座」を、平成26年度に1年間開きました。

その様子を次でお伝えします。

コーヒー茶色敷物

コミュニティカフェのチカラ(コミュニティカフェとは:その4)

平成19年版国民生活白書によると「近所で協力しあう人がいない」人が65.7%もいることが分かりました。

図表 近所に生活面で協力しあう人がいないと回答した人の割合

出所:平成19年版国民生活白書

他にも、同白書では「近隣住民同士の交流」は活発ではなく「町内会・自治会等」も「あまり機能していない」と報告しています。

こういった調査結果は「地域づきあいの薄さ」を裏付けていると言えるでしょう。

でも、同白書は「NPOやボランティア、地域の活動に参加したい人」は「5割を超える」が「きっかけや情報がないため参加まで至らない」と報告しています。

つまり「アタシャ仕事から帰るとなんだか孤独なんで、どっか近所で地域の活動したい~」と叫んでも「で、どこでやってんの?」と、たちまち壁にぶちあたってしまうのです。

地域の中心で叫んでも、誰も教えてくれないから「どうか私を見つけて」という寂しい状況になってしまう。

これは私も実感するところです。

子供が生まれて「地域の人との関わりが重要だ」などと姿勢を正しても、「アンタは仕事が忙しくてそんなの面倒って言っていたじゃないか」と言われてしまえば「ハア、そうでした。すみません」となるわけです。

じゃあ、そうやって急に「地域との交流が重要だ」と気づいた人(=私)はどうすればよいのでしょうか。

そんなにわかに地域づいた人(=私)でも、カフェであれば「ド●ール」「スタ×」などと同じように「いやいや、私は地域との交流というよりは、そこにあったからコーヒーを飲みにちょっと寄ってみただけで」などと言い訳もできます。

私が住んでいる場所は都市部なので、ありがたいことにカフェがあちこちにあります。スタ×も何軒かありますが、いつも若い人たちで満席です。

カフェなら「交流するぞ!」などと、かしこばらずに入ることができるのです。

最初はコーヒーを飲むだけだって何の問題はありません。

「コミュニティカフェ」と名前がついていれば、近所の人たちが集まっているでしょうから「あら、あなたはあのアパートに住んで目つきが悪くていやだなと思っていた上田さん(=私)」などと、以前から気にかけてもらっていたおばちゃんから声をかけられるかもしれません。

コーヒーを飲んでいる目的で通っていても、誰かと知り合えるチャンスが増えるでしょう。イベントも多く開かれていますから、自然と交流するチャンスが生まれます。

これこそが「コミュニティカフェ」の大きな力なのです。

これまで述べたように、都市では地域の交流が薄くなっていますが、コミュニティカフェがそういった課題を解決する場所となる可能性は高い。

「誰でも気軽に行くことができる場」としてコミュニティカフェの役割は大きいと言えます。

これまで都市部についてお話をしましたが、地方ではどんな状況でしょうか。地方におけるコミュニティカフェの役割について、次にお話します。

アパートのドア2

都市ではご近所づきあいが薄い(コミュニティカフェとは:その3 )

東京は地方出身者の集まりだとよく言われます。

こう書いている私も今は東京に住んでいますが、もともと埼玉県の出身です。よく会うご近所の人たちだって、静岡、島根、茨城、山梨、出張族で地方を転々と回っていた………などと、東京出身者はほとんどいません。

聞くと、大学入学をきっかけに東京に出てきて、そのまま住み着いた、というパターンがほとんどですが、出てきたばかりの時は、普通は地縁や血縁がほとんどない場所に住むことになります。

地域とのつながりは、様々な形で生まれます。

でも、子供の頃から住んでいなければ、町内会や自治会活動に参加するわけでもないし、買い物といってもスーパーやコンビニで買っていれば、特に店の人とも話す機会もありません。

ま、いわば孤独なわけですな。

自分から積極的に関わろうとしなければ「近所づきあい」に参加しなくても、生きていく事はできます。でも、地方での濃厚な関係性に慣れている人は、寂しくなって故郷に帰ってしまう人もいるでしょう。

「東京の人って冷たいよね」と言われるのは、こういう事情もあるからでしょう。つまり地方から出てきた時に多くは一人でアパートに暮らすのですが、実は地方出身者ばかりで、血縁や地縁が薄い人ばかりでお互いが良くわからない、というわけです。

東京だって子供の時から住んでいれば、地縁や血縁はあります。

でも、ご近所にあるアパートは見た事が無い人ばかりで、表札が無くて名前も分からないし、なんだかおっかない若者もいそうだし、うっかり声をかけると刺されるかもしれないから、声かけるのやめといたのよねー、などと井戸端会議の話題になったりするのです(ならんだろ)。

実際、私自身も子供の時から住んでいた埼玉を離れて東京に引っ越しをしてきました。

子供ができるまでは「地域とのつながり」などほとんどナシ。

「仕事が忙しくてそんなの面倒」だとも思っていましたから、本当は「地域のつながりが重要」だと言える資格など、これっぽっちもないです、ハイ。

しかし、子供が生まれると、事情が180°異なってくる。

熱が出た近くの病院はどこなのか?

休日に遊ぶ場所はどこなのか?

保育園はどこにあるのか?

そこへ行くまでの交通手段はどうなっているのか?

などなど、たちまち近所の事が分かっていないと困ってしまうのです。

子供がいない人でも、たとえば災害や緊急事態が起こった時などは、やっぱり近所の事がわかっていないと困るわけです。

そういう時に、地域の人が集まる「コミュニティカフェ」があったらどうでしょうか?1回くらい行ってみようかな、という気になりませんか?

次に「コミュニティカフェ」の役割について見てみます。

路地裏2

ご近所の人たちと交流する場(コミュニティカフェとは:その2)

「コミュニティカフェ」は、長寿社会文化協会(WAC)が「地域のたまり場や居場所」と定義しています。

一番わかりやすい例としては、皆さんもどこかで見た事はあるはずの………

住宅街の一角に、昔からある古ーい「喫茶店」。

あれです!

昭和の匂いが漂う「スナック」。

これです!

恐らく、二階はそのオーナーの住まいとなっていて、お客さんはご近所さんばかり。もちろん、リピーターです。

みんな同じ時間に集まり、同じ人達と交流します。

リクエストすればメニューに無くても作ってくれます(マスターが不機嫌でなければね)。

いったいこの店の儲けはどうなっているのか、採算はとれているのか、という客の心配をものともせず、マスターは淡々とコーヒーをいつものように淹れてくれます。

こういった店は日本中探せばいくらでも見つかるでしょう。定義からすると、まぎれもなく「コミュニティカフェ」です。

「昭和の匂い」が漂う……というと、オサレな「カフェ」をイメージしている人は「そんなダッセーのはイヤ!」と思わず物を投げたくなるかもしれませんが、あくまでも「役割」をわかりやすく言うと、昔ながらの「喫茶店」「スナック」が近いと思います。

ご近所にあった「喫茶店」「スナック」の役割を持ち、さらにご近所の人たちがイベントや展示会なども催される場(さらに、現代風のカフェのテイストも持ち合わせる……と)、そういう場所が「コミュニティカフェ」なのです。

ネットで確認できるコミュニティカフェのサイトを見ると、NPOや個人、任意団体が運営している店舗が多数を占めます。「子育て支援」「地域交流」などと目的を持って運営しているところもけっこうあります。

なぜ昔からあるようなこういう形態が注目されているのでしょうか。

次では、その背景について解説します。